ワクチン

緑のトンネルを抜けたところに街がある
日よけ帽子を被ったおばあさんが
今日ワクチンを打ったのよ!と
花が咲いた時みたいに笑って話している

東京オリンピックの年に結婚をしたおばあさんは
おじいさんを去年亡くした
いっしょに東京オリンピックを見るのが最期の夢だったのに!と言いながら
それでもうれしそうに揺れている

会いたかった人に会いに行くの
そんな声が街のあちこちから聞こえるものだから
飛行機は大きな音を立てて飛んでいる
パン屋は美味しいパンを焼き
広場の清掃員はベンチをきれいに拭いている
こどもの蹴ったサッカーボールが目の前に転がってきたり
電線に並んだ鳥が一斉に飛び立ったりしている

この街の今日は、いくらかよい気分だ
何丁目の誰の家で患者がでたと噂が立ったこと
長く続いた老舗の料亭がひっそり店じまいをしたこと
職にあぶれた若者が部屋の中で動けなくなっていること
誰かが誰かにうつしてしまったのをずっと悔んでいること
そういうものを街の奥にぎゅっと抱えこんだまま
どうしたってどこかに向かって進んで行く

街のはずれには四つ角がある
カーブミラーはしずかに脈打ちながら
いつもと変わらず太陽の光を反射させている

書:武田地球

春秋蜜柑

発行日:2021年5月8日
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