新宿のシャンゼリゼでベトナムごっこをしたいだけ

顔もわすれたし、声もわすれた
名前に至ってはもともとしらないし、借りた本もどこに置いたかわすれた

いっしょに観たものもわすれたし、いっしょに歌ったものもわすれた
シャンゼリゼごっこをしたことは覚えているけれど、シャンゼリゼごっこがなにかはわすれた
うっすらと夏だった、いつの夏かはわすれた

シャンゼリゼは新宿にあったように思うけれど、どこがどうシャンゼリゼだったかはわすれた
いい大人がふたりでどうしてシャンゼリゼごっこなのかと考えたけれど
気持ち悪い感傷はだいきらいで、はじめから無いことになった

シャンゼリゼの店のクレープはおいしかった
けれど、どんな味だったかはわすれた
そこではじめてブラックコーヒーをのんだ、これはわすれちゃいけないことだった

わすれたというよりおぼえきれないし、おぼえるというよりわからなかったけれど
サングラスの下の眼がきらきら光っていた

「ねえ、つぎはベトナムごっこをしよう」とあなたは言った
うれしかったからずっとわすれなかった
なのに
ベトナムごっこをする日はこないし、そんな約束はわすれられた

だいたい、
毎日がべつべつの場所で、べつべつにせわしなく過ぎるので、わたしたちにはベトナムごっことは何かとかんがえる暇もなかったもの

いつか新宿のシャンゼリゼどおりで、ベトナムごっこをしたい

「夏はあついからいやだよ」
「どうして?ベトナムはもっと暑いんですよ」

あなたはこんな簡単なことがわからない人だから、ベトナムごっこができない
あなたのせいで、いつまでもベトナムごっこができない

書:武田地球

春秋蜜柑

発行日:2021年5月8日
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