二〇二一年九月十八日更新頁
parco sakamoto × chiQ takeda
大学生の頃、わたしは劇団に所属していて、そこには坂本という先輩がいた。
坂本は先輩なのにみんなに坂本と呼ばれていた。
わたしが劇団を引退する年に、坂本が手紙をくれた。それから自作のうたを歌ったカセットテープも一緒にくれた。
手紙は鉛筆書きだった。やたらと熱い坂本とわたしのことがA4の紙いっぱいに書いてあった。
坂本。
みんなちょっと坂本をバカにしてた。わたしも坂本って呼んでいた。
それでも「〇〇と話すときは楽しかったよ」と書いてあった。
カセットテープはもう聞けない。
けれどカセットテープもそれから手紙も、捨てないでしまってある。
一年でゴムは弛むものです
一歩間違えばアホになる、
というよりアホになりきった
まるで弛んだパンツのゴム
のような生活を続けているのですが
渡らなくてよい沢を渡り
登らなくてよい山に登り
引掻けなくてよいゴムに
引掻けろ。
パツンっ
幾年振りのパンツ。
蜜柑と黄桃とバナナ、牛乳を混ぜてミックスジュース、パンツ。
パイナップルジュースと牛乳を混ぜてハーフ・アンド・ハーフ。
パンツ。クレーム・ド・ブリュレ添え。
セックスは手際よく。
パンツは歯切れよく。
高台からは遠くが見える
あんパンが好きなことを思いだして
パン屋に行ってあんパンを買った
わからない日がある
なぜここに立っていないとならないのか
夏の終わりには
ちゃんと秋があって
空は高くなったりする
わたしはせめて
誰かを想って祈ったりする
後ろを振り返る
長い道があって
まちがいは無かった
あんパンを食べた
だから歩いて家に帰る
毎週詩を書く生活は、たのしいけれど大変です。何も書けないこともよくあります。
そんなことを坂本パルコさんに言ったら「ちきゅうさん、それなら今週は二人でしりとりをして掲載しましょう」と言われて、
しりとりが嫌だから詩を書きました。
しりとりしか私たちに残された選択肢はないと切り出した結果、パンツのゴムの話になりました。
というか
私はパンツのゴムのことだと思っていたら、ちきゅうさんはパジャマの裾のゴムの話をしていて、それをそのまま詩にしました。
詩うノンフィクション坂本パンツ。